はじめに
東洋医学の「経筋」は、十二経脈に対応する筋的なつながりを捉えた古典的な理論です。『黄帝内経・霊枢』の「経筋篇」には、十二経筋それぞれの走行、身体各部での結合、関連する症状、治療方法が記されています。
前回の記事では、十二経筋に共通する特徴として、手足の末端から身体各部へ広がる走行、「結」による要所の記述、分岐を伴う経路、痛みや拘縮などの病候を整理しました。
今回はさらに踏み込み、十二経筋を個別に比較します。
比較する項目は、次の三つです。
- 走行: 原文では、どの部位から始まり、どこへ向かうと記されているか。
- 結合部位: 「結」「合」「聚」などの表現が、どの部位に用いられているか。
- 病候: その経筋について、どのような痛みや運動制限が記されているか。
ここで扱うのは、古典に記された身体の経路と病候です。経筋を現代の筋肉や筋膜と同一視することはせず、原文の記述と現代医学による解釈を区別して検討します。
1.十二経筋の比較一覧
以下は、『霊枢』「経筋篇」の記述をもとに、各経筋の特徴を要約したものです。原文の全経路を逐語訳したものではなく、比較に必要な要点を抽出しています。
| 経筋 | 主な走行・結合部位 | 原文に記された主な病候 |
|---|---|---|
| 足太陽経筋 | 足の小指から足首、踵、膝、臀部、脊柱周囲、頸部、頭面部へ。舌根や肩周囲にも分岐する | 足部・踵の痛み、膝の拘縮、脊柱の反り返り、頸部のこわばり、肩を上げられない |
| 足少陽経筋 | 足の第4趾から外果、下腿外側、膝外側、大腿、臀部、側胸部、頸部、頭部へ。目の外側にも結ぶ | 足趾や膝の転筋、膝の屈伸困難、大腿・臀部・季肋部の痛み、頸部の拘縮 |
| 足陽明経筋 | 足の第2・第3趾付近から足背、下腿、膝、大腿、腹部、胸部、頸部、顔面へ | 下腿や大腿の転筋、足部のこわばり、腹部の拘縮、口のゆがみ、眼の開閉障害 |
| 足太陰経筋 | 足の母趾内側から内果、膝内側、大腿内側、陰器、臍、肋部、胸部へ。脊柱内側にも及ぶ | 内果・膝内側・大腿内側の痛み、転筋、陰器周囲の痛み、腹部・胸部の痛み |
| 足少陰経筋 | 足の小指の下から内果・踵へ。足太陰経筋と関わり、大腿内側、陰器、脊柱周囲、頸部、後頭部へ | 足底の転筋、経路上の痛みや転筋、身体の前屈・後屈の制限、痙攣・痙直に関する記述 |
| 足厥陰経筋 | 足の母趾から内果前方、下腿内側、膝内側、大腿内側、陰器へ。他の筋との連絡も記される | 母趾・内果前方・膝内側・大腿内側の痛み、転筋、陰器の機能異常 |
| 手太陽経筋 | 手の小指から手首、前腕内側、肘内側、腋窩、肩甲部、頸部、耳周囲、顎・目の外側へ | 小指から肘にかけての痛み、腋窩・肩甲部・頸部の痛み、耳の症状、顎の痛み、目の見えにくさ |
| 手少陽経筋 | 手の薬指から手首、前腕、肘、胸郭外側、肩、頸部へ。舌根や耳前、目の外側、額角にも及ぶ | 経路上の転筋、舌が巻くような症状 |
| 手陽明経筋 | 手の示指から手首、前腕、肘外側、肩、肩甲部、脊柱周囲、頸部、顔面へ | 経路上の痛み・転筋、肩を上げられない、頸部を左右に向けにくい |
| 手太陰経筋 | 手の母指から魚際、手首、前腕、肘、胸郭内側、腋窩、肩前方、胸部・季肋部へ | 経路上の転筋、強い痛み、胸脇部の拘急など |
| 手厥陰経筋(手心主) | 手の中指から肘内側、上腕内側、腋窩、胸郭周囲、胸中へ | 経路上の転筋、前胸部の痛み |
| 手少陰経筋 | 手の小指内側から手首内側、肘内側、腋窩、胸中、臍へ | 筋の拘急・疼痛、肘周囲の牽引、胸腹部の病候 |
出典:『黄帝内経・霊枢』「経筋篇」。原文の表現を現代語で要約しています。
この一覧からは、十二経筋がそれぞれ異なる経路と病候を持つ一方、複数の経筋に共通する身体部位や症状もあることが分かります。
ただし、表に示した「主な走行・結合部位」は、原文の全経路を網羅したものではありません。また、原文に登場する「転筋」「拘急」「支痛」などは、現代医学の診断名に直接置き換えられるものではありません。
2.足の三陽経筋――下肢から体幹・頭面部への広がり
足太陽経筋
足太陽経筋は、足の小指から始まり、足首、膝、踵、下腿、臀部、脊柱周囲、頸部、頭面部へと広がります。
原文には、次の記述があります。
上俠脊上項
「上って脊柱を挟み、項部へ至る」という意味です。
足太陽経筋の病候には、膝の拘縮、脊柱の反り返り、頸部の筋のこわばり、肩を上げられない状態などが記されています。
この経筋の特徴は、足部から下肢だけでなく、背部、頸部、頭面部まで経路が記述されている点です。
現代の解剖学では、下肢・体幹・頸部の筋骨格系は、それぞれ異なる構造として分析されます。一方、歩行や姿勢保持では、これらの部位が協調して働きます。
この比較から、身体を複数の部位のつながりとして捉える視点が得られます。ただし、足太陽経筋の経路が、現代の特定の筋肉や筋膜の連続性と一致することを意味するわけではありません。
足少陽経筋
足少陽経筋は、足の第4趾から外果、下腿外側、膝外側へと進み、大腿、臀部、季肋部、腋窩、頸部、頭部へと広がります。目の外側に結ぶ分岐も記されています。
病候には、足趾や膝の転筋、膝の屈伸困難、大腿・臀部・季肋部の痛み、頸部の拘縮などがあります。
さらに「維筋相交」という特徴的な記述があり、左右の経路が交差・連絡するという古典独自の説明が展開されます。
これは、経筋篇が身体を左右それぞれの独立した経路だけで捉えていないことを示す記述です。ただし、左右の筋肉や神経の機能について、現代医学で確認されている機序と同じものだと解釈することはできません。
足陽明経筋
足陽明経筋は、足の第2・第3趾付近から足背、下腿、膝、大腿、腹部、胸部、頸部、顔面へと広がります。顔面では、口や鼻、目の周囲、耳前部に関する記述が見られます。
病候には、下腿や大腿の転筋、腹部の筋の拘急、口のゆがみ、眼の開閉に関する異常などが含まれます。
ここで注目されるのは、下肢の症状だけでなく、顔面の運動に関する症状も同じ経筋の病候として記載されていることです。
現代医学では、顔面の運動は主として顔面神経などの神経系と顔面筋の働きによって説明されます。古典の経筋による説明とは、理論体系が異なります。
なお、急に口がゆがむ、目が閉じにくい、顔の片側が動かしにくいなどの症状が現れた場合は、経筋の問題と決めつけず、速やかに医療機関で評価を受ける必要があります。
3.足の三陰経筋――内果・大腿内側・体幹内部への広がり
足太陰経筋
足太陰経筋は、足の母趾内側から内果、膝内側、大腿内側へと進み、陰器、腹部、臍、肋部、胸部へと広がります。脊柱内側への経路も記されています。
病候には、足の母趾や内果、膝内側、大腿内側の痛み、転筋、腹部や胸部に及ぶ痛みなどがあります。
足太陰経筋の記述では、下肢の内側から腹部・胸部へと経路が展開されている点が特徴的です。
ただし、原文にある「胸中に散ずる」「脊に著く」といった表現を、現代解剖学上の特定の筋肉や結合組織の走行として確定することはできません。
足少陰経筋
足少陰経筋は、足の小指の下から始まり、内果や踵を経て、足太陰経筋や足太陽経筋との関係を示しながら、大腿内側、陰器、脊柱周囲、頸部、後頭部へと続きます。
この経筋では、ほかの経筋との合流・連絡が明確に記述されています。
病候には、足底の転筋、経路上の痛みや転筋、身体を前屈・後屈しにくい状態などが記されています。また、痙攣や痙直に関する記述も含まれます。
この記述から分かるのは、十二経筋が互いに完全に独立した十二本の線として描かれているわけではないということです。
一方、古典の合流・連絡を、現代解剖学でいう筋膜の連続や筋肉同士の直接的な接続と同じ意味に解釈することはできません。
足厥陰経筋
足厥陰経筋は、足の母趾から内果前方、下腿内側、膝内側、大腿内側を経て、陰器へと至ります。他の筋との連絡も記されています。
病候には、足の母趾、内果前方、膝内側、大腿内側の痛みや転筋に加え、陰器の機能に関する記述があります。
足太陰経筋と足少陰経筋にも陰器や体幹内部に関する記述があることから、足の三陰経筋では、下肢内側から骨盤周囲・体幹へ至る経路が重要な特徴の一つといえます。
ただし、陰器や腹部に関する古典の病候は、現代医学の疾患分類とは異なります。古典の用語を、現代の特定の泌尿器科・婦人科疾患などに直接対応させることは避ける必要があります。
4.手の三陽経筋――手指から肩・頸部・頭面部への広がり
手太陽経筋
手太陽経筋は、手の小指から手首、前腕内側、肘内側、腋窩、肩甲部、頸部、耳周囲、顎、目の外側へと続きます。
病候には、小指から肘にかけての痛み、腋窩や肩甲部の痛み、頸部への牽引痛、耳の症状、顎の痛み、目の見えにくさなどが記されています。
この経筋の記述では、肘内側の部位を刺激すると小指側に反応が現れるという内容も見られます。
現代医学にも、末梢神経への刺激によって離れた部位にしびれや感覚が生じる現象があります。ただし、古典の記述が現代の神経解剖学的な機序を正確に説明していると断定することはできません。
手少陽経筋
手少陽経筋は、手の薬指から手首、前腕、肘、胸郭外側、肩、頸部へと進み、舌根、耳前部、目の外側、額角へと広がります。
病候には、経路上の転筋や、舌が巻くような症状が記されています。
手太陽経筋と同じく、手から頸部・頭面部へと続く経路が特徴ですが、走行の細部や病候の記述は同一ではありません。
このことは、十二経筋を理解する際に、共通する特徴だけでなく、各経筋の個別性にも注目する必要があることを示しています。
手陽明経筋
手陽明経筋は、手の示指から手首、前腕、肘外側、肩、肩甲部、脊柱周囲、頸部、顔面へと続きます。
病候には、経路上の痛みや転筋、肩を上げられない状態、頸部を左右に向けにくい状態などが記されています。
手陽明経筋の特徴は、上肢から肩甲部・頸部へと広がり、さらに頭面部に至る経路が記述されていることです。
現代の運動学でも、腕を上げる動作には肩関節だけでなく、肩甲骨や胸郭などの動きが関係します。首を左右に向ける動作にも、頸椎や周囲の筋群などが関わります。
ただし、これらの現代的な知見は、経筋篇の記述を理解するための比較材料であり、経筋と現代の筋肉群が一対一で対応することを証明するものではありません。
5.手の三陰経筋――上肢内側から胸郭への広がり
手太陰経筋
手太陰経筋は、手の母指から魚際、手首、前腕、肘、胸郭内側、腋窩、肩前方へと続き、さらに胸部内部や季肋部へ広がる記述があります。
病候には、経路上の転筋、強い痛み、胸脇部の拘急などが記されています。
ここでは、手指や前腕だけでなく、胸郭内部に関する記述が含まれている点が特徴です。
ただし、古典に記された胸部内部への経路を、現代解剖学で特定の筋肉や内臓周囲の組織に対応させることはできません。
また、胸痛や吐血など、古典に記された症状を現代の臨床で評価する際には、古典的な分類にとどまらず、現在の医学に基づく鑑別が必要です。
手厥陰経筋(手心主)
手厥陰経筋は、手の中指から始まり、手太陰経筋と並行して肘内側、上腕内側、腋窩へと進み、胸郭周囲や胸中へ広がります。
病候には、経路上の転筋や前胸部の痛みなどが記されています。
手太陰経筋と同じく、上肢から胸部への広がりが特徴ですが、走行の細部は異なります。
両者を比較すると、手の三陰経筋が、上肢の内側だけでなく胸郭周囲にも関係づけられていることが分かります。
ただし、古典の経路と現代の胸筋群、上腕の筋群、筋膜などとの対応関係は、個別の構造に即して検討する必要があります。
手少陰経筋
手少陰経筋は、手の小指内側から手首内側、肘内側、腋窩へと進み、胸中、臍へと続く記述があります。
病候には、筋の拘急や疼痛、肘周囲の牽引、胸腹部に関する症状が記されています。
この経筋では、上肢から胸腹部へ至る経路が特徴的です。
ただし、胸中や臍に関する記述を、現代の特定の内臓疾患や筋骨格系の病態に直接結びつけることはできません。
6.十二経筋を横断して見える三つの特徴
十二経筋の記述を比較すると、個々の経筋の違いに加え、全体に共通する特徴が見えてきます。
① 身体の経路は、末端から体幹・頭面部へ広がる
十二経筋では、手足の指先付近から始まり、関節周囲、上肢・下肢、体幹、頸部、頭面部へと続く経路が記されています。
ただし、すべての経筋が同じ部位を通るわけではありません。どこで分岐し、どの部位に結び、どの方向へ進むかは経筋ごとに異なります。
② 経筋同士の合流・連絡が記される
足少陰経筋と足太陽経筋、足太陰経筋と足少陰経筋など、複数の経筋が関係する記述があります。
このことから、十二経筋は互いに完全に独立した体系ではなく、古典のなかでは相互の連絡を含むものとして描かれていると考えられます。
ただし、これを現代解剖学における筋膜の連続性や神経系の連絡と同一視することはできません。
③ 病候は、経路上の痛みだけでなく動作の異常も含む
十二経筋の病候には、痛み、転筋、拘急、身体を前屈・後屈しにくい状態、肩を上げられない状態などが記されています。
このことから、経筋篇は身体の不調を局所の痛みだけでなく、筋の緊張や動作の制限などを含むものとして記述していることが分かります。
現代医学でも、痛みと運動制限は関連することがありますが、同一の現象ではありません。症状の原因を検討するには、関節、筋肉、神経系などを含めた評価が必要です。
7.原文を比較する際に注意したい異同
十二経筋を研究する際には、原文の内容だけでなく、伝本や校訂による字句の違いにも注意する必要があります。
『黄帝内経太素』巻第十三「身度」には、『霊枢』「経筋篇」と対応する記述が収められています。楊上善による注釈や校勘注記には、異なる字句や、他の文献との比較が記されています。
例えば、足太陽経筋の記述では、「邪」と「斜」、「俠」と「挾」など、表記上の異同が示されています。また、「結」の意味について、楊上善は筋の走行が回り曲がる場所を「結」と説明しています。
さらに、手太陽経筋の記述には、後続する手少陽経筋の文章と重複している箇所があり、『黄帝内経太素』の校勘注記では『甲乙経』にその文章がないことも指摘されています。
このような異同は、単なる表記の問題にとどまりません。どの文章を原文として採用するかによって、経路の解釈や各経筋の特徴の整理が変わる可能性があります。
そのため、厳密な研究では、少なくとも次の点を明記する必要があります。
- 使用した底本・校訂本
- 原文の異同がある箇所
- 採用した本文とその理由
- 後世の注釈による解釈
- 現代医学との比較から導いた考察
これらを区別することで、古典に実際に書かれている内容と、研究者による解釈を混同せずに済みます。
8.現代解剖学との比較はどこまで可能か
十二経筋の走行を現代解剖学と比較すると、筋肉、腱、筋膜、靱帯、関節、神経系などが比較対象になります。
しかし、経筋をこれらのいずれか一つに置き換えることはできません。
現代解剖学では、筋肉の起始・停止、腱の付着、関節の構造、神経支配などを、それぞれの方法で確認します。一方、経筋篇は、古典医学の体系に基づき、身体の経路と病候を記述しています。
したがって、両者を比較する際には、次の三つを分けることが重要です。
原典の記述: どの部位から始まり、どこを通り、どの部位に結ぶと書かれているか。
現代医学の知見: 解剖学的にどの筋肉・腱・関節・神経が存在し、どのような運動や機能に関わるか。
考察・仮説: 両者にどのような類似点や相違点があり、どこまで比較できるか。
例えば、足太陽経筋の記述が足部から背部、頸部へと広がる点は、身体の複数の部位が姿勢や運動のなかで協調するという現代的な考え方と比較できます。
しかし、経筋の走行が特定の筋膜ラインと一致する、あるいは経筋が現代の筋膜を発見した理論であると結論づけることはできません。
比較研究では、類似している点を示すだけでなく、一致しない点や確認できていない点も明確にする必要があります。
まとめ
『霊枢』「経筋篇」に記された十二経筋を比較すると、手足の末端から身体の各部へと広がる走行、関節周囲などに記される「結」、経筋同士の合流・連絡、痛みや拘縮、運動制限などの病候が確認できます。
一方で、十二経筋はそれぞれ異なる経路と病候を持ち、すべてを一つの共通パターンにまとめることはできません。
また、原文には伝本や校訂による異同があり、後世の注釈によって語句の意味が説明されている場合もあります。古典研究では、本文と注釈を区別し、採用した記述の根拠を明確にすることが重要です。
現代解剖学との比較では、身体の構造や動作を複数の部位の関係として考える視点が参考になります。ただし、経筋を筋肉・筋膜・神経などの特定の構造と同一視することはできません。
十二経筋の理解を深めるためには、各経筋の走行を覚えるだけでなく、原文の表現、病候、経筋間の関係、そして現代医学との共通点と相違点を丁寧に整理する必要があります。
経筋理論の研究は、古典を現代医学に無理に当てはめることではありません。古典が身体をどのように捉えていたのかを明らかにし、その考え方を現代の知見と慎重に比較することに意義があります。
参考文献・参照資料
- 『黄帝内経霊枢』巻第四「経筋篇」。
- 楊上善注『黄帝内経太素』巻第十三「身度・経筋」。
- 『鍼灸甲乙経』巻第二「経筋篇」。
- 張介賓『類経』「十二経筋結支別」。
※古典本文には伝本・校訂による異同があります。原文を逐語的に引用する場合は、使用する校訂本を明示し、引用箇所を確認してください。
