1.はじめに――経筋の走行上に経穴があるのか
東洋医学では、十二経脈に沿って経穴が配置され、鍼灸治療に用いられています。
一方、『黄帝内経・霊枢』の「経筋篇」には、十二経筋の走行や病候とともに、治療部位の選択に関する記述があります。
そのなかでも重要なのが、次の言葉です。
以知為數,以痛為輸。
現代語では、おおむね「治療の反応を目安とし、痛む場所を輸とする」と理解できます。
この記述は、経筋の病に対して、痛みのある部位を施術場所の選択に用いる考え方を示しています。
では、経筋と経穴はどのような関係にあるのでしょうか?
経筋の走行上にある場所は、経穴と同じものなのでしょうか。それとも、経筋の病に対する施術部位と、経脈に属する経穴とは、別の考え方に基づいているのでしょうか?
本稿では、『霊枢』経筋篇の記述を確認しながら、経筋と経穴の関係を検討します。古典に明記されていることと、後世の解釈、現代の鍼灸臨床から考えられることを区別して整理します。
2.『霊枢』経筋篇に記された治療部位の選び方
経筋篇では、十二経筋それぞれの走行と病候が記された後、治療法について説明されています。
多くの経筋の記述に共通して登場するのが、「燔針劫刺,以知為數,以痛為輸」という表現です。
「燔針」は、加熱した針を用いる古典的な治療法を指します。「劫刺」は、一般に素早く刺して抜く方法として解釈されています。
ただし、これらは古代の治療法についての記述です。現代の鍼灸で一般的に用いられる刺鍼法と、そのまま同じものとみなすことはできません。
ここで注目したいのは、後半の「以知為數,以痛為輸」です。
「以知為數」は、治療による反応や変化を目安にするという意味に解釈されています。一方、「以痛為輸」は、痛む場所を施術部位の選択に用いる考え方を示しています。
つまり、経筋篇では、経筋の走行と病候を記すだけでなく、実際の症状や治療反応を踏まえて施術部位を選ぶという原則も示されているのです。
ただし、「以痛為輸」の「輸」を、現代の経穴分類における特定の種類の穴と同じ意味で理解してよいかについては、慎重な検討が必要です。
3.経筋と経脈では、治療部位の考え方が異なるのか
経筋と経穴の関係を考えるためには、経筋篇と経脈の理論を区別する必要があります。
経脈の理論では、身体を走行する経脈と、それに関連づけられた経穴が体系化されています。
経穴には名称や位置、所属する経脈などが定められており、治療では症状や病態に応じて選穴します。
一方、経筋篇では、十二経筋の走行と病候が記され、治療に関して「以痛為輸」という原則が繰り返し示されています。
この違いから、経筋の病に対する施術部位の選択と、経脈の理論に基づく経穴の選択には、少なくとも記述上の重点の違いがあると考えられます。
経穴の体系では、定められた経穴の位置や所属が重要です。
それに対して、経筋篇の「以痛為輸」では、患者に現れている痛みの部位が施術場所を選ぶ際の重要な手がかりになっています。
ただし、これを「経筋は固定された経穴を一切用いない」とまで一般化することはできません。
経筋篇の記述だけから、古代の臨床において経穴と経筋の施術部位がどのように併用されていたかを、すべて確定することは難しいためです。
重要なのは、両者を最初から同一の体系と決めつけず、それぞれの記述が何を重視しているのかを確認することです。
4.「以痛為輸」は、痛む場所がすべて経穴だという意味なのか
ここは、特に注意しておきたい点です。
「以痛為輸」という記述を読むと、「痛みがある場所を経穴として扱う」という意味に理解したくなるかもしれません。
しかし、痛む場所を施術部位として選ぶことと、その場所を既存の経穴と同一視することは、別の問題です。
たとえば、肩こりのある人が肩の一部を押されたときに痛みを感じたとします。その場所を評価し、施術の対象とすることはできます。
しかし、その場所が必ず肩井や肩外兪などの特定の経穴に一致するとは限りません。経穴の位置と痛みのある場所は、重なる場合もあれば、異なる場合もあります。
2023年に『針刺研究』に掲載された趙京生の論文は、「以痛為輸」を十二経筋の治療原則という文脈から検討しています。同論文は、経脈の病では経穴を用いる一方、経筋の病では「以痛為輸」が示されていることに注目し、両者を区別して理解する必要性を論じています。
この研究は、古典の記述をどう解釈するかについての学術的な議論です。唯一確定した解釈とみなすのではなく、経筋と経穴の関係を検討する際の重要な論点として参考にできます。
少なくとも、「痛む場所を施術部位に選ぶこと」と「痛む場所を既存の経穴に分類すること」は、区別して考える必要があります。
5.経筋と経穴は、解剖学的にどのような位置関係にあるのか
経筋と経穴の位置関係を考える場合、現代解剖学との比較も可能です。
経穴の多くは、筋肉や腱、関節周囲など、身体のさまざまな組織が存在する場所に位置しています。経筋の記述にも、足関節、膝、臀部、肩、頸部など、筋や腱、関節周囲の構造がある部位が登場します。
そのため、経筋の走行と経穴の位置を地図上で比較し、どのような重なりがあるかを調べることはできます。
しかし、ここでも三つの点を区別する必要があります。
第一に、経筋の走行と経穴の位置が近いことは、両者が同一の構造であることを意味しません。
第二に、現代解剖学的に筋や腱の近くに経穴があることだけでは、その経穴の効果や作用機序を説明したことにはなりません。
第三に、経筋と経穴が近い場所に存在する場合でも、古典において両者がどのような理論的関係にあったかは、文献の記述から別途検討する必要があります。
したがって、経筋と経穴の関係を研究するには、単に走行図を重ね合わせるだけでなく、古典の記述、経穴の位置に関する資料、現代解剖学的な知見を組み合わせて考える必要があります。
6.経筋と阿是穴は同じものなのか
経筋と経穴の関係を考える際、もう一つ重要な概念が「阿是穴」です。
阿是穴は、一般に、患者が圧迫などによって痛みを感じる場所や、触診によって反応が認められる場所を施術部位として扱う考え方と関連づけられています。
この点では、「以痛為輸」と共通する部分があります。
どちらも、あらかじめ定められた位置だけでなく、実際の身体に現れている反応を施術部位の選択に生かす考え方として理解できます。
しかし、両者が完全に同じ概念であると断定することには注意が必要です。
「以痛為輸」は『霊枢』経筋篇に記された治療原則です。一方、阿是穴という用語の成立や、その後の理論的な発展については、別途歴史的な検討が必要です。
また、経筋の病に対する施術部位の選択を、すべて現代的な意味での阿是穴と呼ぶと、古典の記述と後世に整理された概念の違いが見えにくくなります。
したがって、現段階では、両者には共通する考え方があると整理しつつ、用語の成立と理論的な背景を区別するのが適切です。
7.現代の鍼灸臨床では、どう活用できるのか
経筋と経穴の関係を考えることは、現代の鍼灸臨床にもつながります。
たとえば、肩こりを訴える人に対して、肩井などの定められた経穴を選ぶ方法があります。一方、触診によって筋の緊張や圧痛が認められる部位を確認し、その反応を施術部位の選択に生かす方法もあります。
この二つは、必ずしも対立するものではありません。経穴の位置や理論を参考にしながら、患者の症状や身体の状態を評価することもできます。
ただし、痛みのある場所を施術部位として選ぶ際には、痛みの原因を慎重に考える必要があります。
肩の痛みであっても、筋や腱、関節の問題だけでなく、神経の関与などが考えられる場合があります。また、押すと痛い場所があっても、それだけで原因となる組織や病態を特定できるわけではありません。
「以痛為輸」を現代の臨床に生かす場合も、痛みの場所だけで判断するのではなく、動作による症状の変化、関節の可動域、筋力、感覚などを含めて評価することが重要です。
さらに、経筋の考え方を参考にして施術した結果、症状が変化したとしても、それだけで経筋と経穴の理論的関係が科学的に証明されたことにはなりません。
古典の理論を臨床の視点として活用することと、その理論の妥当性を科学的に検証することは、分けて考える必要があります。
8.まとめ――経筋と経穴は、同一視せず関係を検討する
『霊枢』経筋篇には、「以知為數,以痛為輸」という治療原則が記されています。これは、経筋の病に対して、治療反応を目安とし、痛みのある部位を施術場所の選択に用いる考え方を示しています。
一方、経脈の理論では、定められた経穴の位置や所属が重要な役割を担っています。
両者を比較すると、治療部位を選ぶ際に重視する点に違いがあることがわかります。しかし、それだけで、経筋の施術部位と経穴が完全に別のものであるとも、すべて同じものであるとも結論づけることはできません。
今回の考察から、次の四点を整理できます。
- 古典の記述: 経筋篇には「以痛為輸」という、痛む場所を施術部位の選択に用いる原則が記されている。
- 経穴との関係: 痛みのある場所を選ぶことと、既存の経穴に分類することは別の問題である。
- 阿是穴との関係: 共通する考え方はあるが、用語の成立や理論的背景を区別して検討する必要がある。
- 現代の臨床: 経穴の知識と身体の触診・評価は併用できるが、痛みの場所だけで病態を特定することはできない。
経筋と経穴の関係を明らかにするためには、古典の言葉を現代の用語にそのまま置き換えるのではなく、各理論が何を重視し、どのような場面で用いられていたのかを検討する必要があります。
「以痛為輸」という短い言葉は、経筋理論が身体のどこを治療部位として捉えようとしたのかを考えるうえで、重要な手がかりになります。
参考文献・資料
- 『黄帝内経・霊枢』「経筋篇」
- 趙京生「『以痛為輸』:基于十二经筋治则语境的解读」『針刺研究』2023年、48巻3号、294–298頁。DOI: 10.13702/j.1000-0607.20220499.
※本稿では、経筋篇の原文と、現代の研究者による解釈を区別しています。「以痛為輸」と阿是穴の関係については、共通点を指摘できる一方、同一概念であると断定していません。
