1.はじめに――経筋篇に繰り返し登場する「結」
『黄帝内経・霊枢』の「経筋篇」には、十二経筋の走行を説明する際に、「結」という文字が繰り返し登場します。
たとえば、足太陽経筋については、次のように記されています。
足太陽之筋,起于小指之上,結于踝,邪上結于膝。
現代語に訳すと、次のような意味になります。
「足太陽の筋は足の小指の上から起こり、足関節のあたりで結び、斜め上方に進んで膝のあたりで結ぶ。」
ここで注目したいのは、古典が単に筋の走行を記しているのではなく、途中の複数の場所について「結」という表現を用いていることです。
では、この「結」とは何を意味するのでしょうか。
筋肉が骨に付着する場所なのか。複数の筋が合流する場所なのか。それとも、筋の走行が変化する場所なのでしょうか。
この問題を考えるうえで参考になるのが、唐代の医家・楊上善による『黄帝内経太素』の注釈です。
本稿では、『霊枢』経筋篇の記述と『黄帝内経太素』の注釈を区別しながら、「結」という言葉の意味を検討します。
2.『黄帝内経太素』における「結」の説明
楊上善の注釈を伝える『黄帝内経太素』には、経筋篇の「結」について、次の説明があります。
結,曲也,筋行回曲之處謂之結。
現代語に訳すと、次のようになります。
「結とは曲がることであり、筋が進む経路において、折れ曲がる場所を結という。」
この注釈は、「結」の意味を考えるうえで重要です。
『霊枢』の原文では、経筋が足関節や膝、臀部などの部位で「結ぶ」と記されています。一方、楊上善は、その「結」を筋の走行が曲がる場所という観点から説明しています。
つまり、少なくともこの注釈では、「結」は単純な付着点だけを指す言葉として説明されているわけではありません。
ただし、ここで注意したいことがあります。
この説明は、唐代の注釈者による古典解釈です。『霊枢』の原文そのものに「結とは曲がる場所である」と明記されているわけではありません。
したがって、次の二つは分けて考える必要があります。
- 古典の原文: 十二経筋の走行上に「結」と表現される部位が記されている。
- 楊上善の注釈: 「結」を、筋の走行が曲がる場所という意味から説明している。
この区別を保つことで、後世の解釈を古典の原意そのものと取り違えずに済みます。
3.「結」は筋肉の付着点を意味するのか
現代の解剖学では、筋肉が骨などに付着する部位を起始・停止と呼びます。また、腱や筋膜などを介して、筋肉と骨、あるいは周囲の組織が連結する構造も確認されています。
そのため、経筋篇に登場する「結」を、筋肉の付着点と関連づけて考えたくなるかもしれません。
実際、経筋篇では足関節、膝、臀部、肩、頭部など、身体のさまざまな部位が「結」として記されています。現代の身体構造に照らして、筋や腱の付着部、複数の組織が連結する部位などを比較対象にすることはできます。
しかし、古典における「結」と、現代解剖学における筋肉の付着点を、そのまま同じものとみなすことはできません。
理由は三つあります。
第一に、楊上善の注釈は「筋行回曲之處」、すなわち筋の走行が曲がる場所という説明をしています。これは、骨への付着だけに意味を限定した説明ではありません。
第二に、経筋篇の「結」は、身体のさまざまな部位に用いられています。しかし、それらの部位が現代解剖学上、すべて同じ種類の構造に該当するとは限りません。
第三に、古典における「筋」は、現代解剖学で定義される個々の骨格筋と、必ずしも一対一に対応する概念ではありません。
したがって、現代解剖学との比較では、特定の構造と一致すると断定するのではなく、位置や機能にどのような類似点があるかを検討する姿勢が必要です。
4.「結」は経筋の走行を理解する手がかりになる
「結」を単なる付着点と考えず、経筋の走行上で重要な位置を示す表現として読むと、十二経筋の記述を別の角度から理解できます。
足太陽経筋の例に戻りましょう。
原文では、足の小指から始まり、足関節、膝、踵、膝窩、臀部、脊柱周囲、項部、頭部などへと走行が記されています。
この記述では、複数の部位が「結」という言葉によって示されています。
楊上善の注釈を参考にすれば、これらを筋の走行が曲がる場所や、走行を読み解くうえで重要な位置として捉えることができます。
ただし、すべての「結」が同じ性質を持つとは限りません。原文では、経筋ごとに走行や分枝、結合する部位が異なります。
また、古典の記述だけから、それぞれの「結」が現代解剖学上のどの構造に該当するかを確定することもできません。
ここで重要なのは、「結」を現代の特定の組織名に置き換えることではなく、経筋の走行を理解するための古典独自の表現として読み解くことです。
5.「結」と現代の筋・腱・筋膜を比較する
現代の身体構造と比較する場合、「結」という言葉に対応する候補を一つに絞る必要はありません。
たとえば、次のような観点から比較できます。
| 比較する観点 | 現代解剖学で検討できる対象 | 注意点 |
|---|---|---|
| 筋が骨に付着する部位 | 筋の起始・停止、腱の付着部 | 古典の「結」と同一とは断定できない |
| 筋や腱が走行方向を変える部位 | 関節周囲の筋・腱の走行 | 走行の類似だけでは同一性を証明できない |
| 複数の組織が連結する部位 | 腱、筋膜、結合組織など | 古典の記述が特定の組織を示すとは限らない |
| 身体運動に関わる部位 | 関節とその周囲の筋・腱など | 古典と現代では分類や説明の枠組みが異なる |
この表は、「結」がこれらの構造のいずれかであると結論づけるものではありません。あくまでも、古典の記述を現代の知見と比較する際に、どのような点を調べられるかを整理したものです。
たとえば、足関節や膝関節の周囲には、多数の筋や腱が走行しています。関節の位置や動きによって筋・腱の走行が変化することも、現代解剖学から説明できます。
こうした構造は、楊上善が「筋の走行が曲がる場所」と説明した「結」を考える際の比較対象にはなります。
しかし、それはあくまで比較上の仮説です。古典の「結」が特定の筋膜や腱の構造を指していたと証明されたわけではありません。
6.経筋の「結」は、痛みやこわばりを考える際にどう役立つのか
経筋篇では、走行の記述に続いて、各経筋に関連する痛みや筋のこわばり、運動制限などが記されています。
たとえば、足太陽経筋の病候には、踵の痛み、膝窩のつっぱり、脊柱の反り返り、項部の筋の緊張、肩を挙げにくい状態などが挙げられています。
ここから、古典が身体の一部分だけでなく、複数の部位にわたる症状を一つの経筋の記述のなかで捉えていることがわかります。
現代の臨床でも、首のこわばりを訴える人が、背中や肩の動かしにくさを同時に感じていることがあります。また、腰の痛みと臀部や太ももの違和感が併存する場合もあります。
このような症状を評価する際には、痛む場所だけでなく、周囲の関節の動きや筋力、姿勢、動作による症状の変化などを確認することが重要です。
経筋の走行や「結」という考え方は、身体の複数の部位を関連づけて観察するための視点として利用できます。
ただし、首と背中に症状があるからといって、必ず同じ原因によるものとは限りません。筋・腱・関節の問題のほか、神経の関与なども含め、個々の状態を評価する必要があります。
また、古典における経筋の病候と、現代医学で診断される疾患は、同じ分類体系に属するものではありません。経筋の記述を、そのまま現代医学の診断に置き換えることはできません。
7.鍼灸臨床で「結」をどう捉えるか
鍼灸臨床においては、「結」を現代解剖学上の特定の組織と決めつけるよりも、身体を観察するための古典的な視点として活用する方が適切です。
たとえば、首のこわばりを訴える人を評価するとき、首だけでなく、肩甲帯や胸郭、背部の動きも確認することができます。
腰痛であれば、腰部に加えて、股関節や臀部、下肢の動きも観察対象になります。
こうした評価は、経筋理論を現代医学的に証明するものではありません。しかし、症状がある部位だけに注意を向けず、身体の動きや複数の部位の関係を確認するという臨床的な姿勢にはつながります。
その際には、古典の理論から導いた見立てと、実際の身体評価から得られた所見を区別することが大切です。
経筋の記述を参考にしつつも、患者の症状や動作を具体的に確認し、必要に応じて現代医学的な評価を併用する。このような使い方であれば、古典の知見を過度に現代化することなく、臨床に取り入れられます。
8.まとめ――「結」は単純な付着点とは限らない
『霊枢』経筋篇には、十二経筋の走行を記述するなかで「結」という表現が繰り返し登場します。
これに対し、楊上善は『黄帝内経太素』の注釈で、「結」を筋の走行が曲がる場所という観点から説明しています。
この注釈を踏まえると、「結」を現代解剖学における筋肉の付着点だけに限定する読み方には慎重であるべきです。
一方で、「結」が特定の筋膜、腱、結合組織などを意味していたと断定する根拠もありません。
現時点で整理できるのは、次の三点です。
- 古典の記述: 十二経筋の走行上に「結」と表現される部位が示されている。
- 後世の注釈: 楊上善は「結」を、筋の走行が曲がる場所という意味から説明している。
- 現代的な解釈: 筋・腱・関節周囲の構造などと比較することはできるが、特定の解剖学的構造との同一性は確定できない。
経筋を研究するうえで大切なのは、古典の言葉を現代の用語に置き換えて終わらせることではありません。原文が何を記し、後世の注釈者がどう解釈し、現代の知見からどこまで比較できるのかを、一つずつ整理することです。
「結」という一文字を検討するだけでも、経筋理論を理解するには、原文の読解と注釈の検討、そして現代医学との慎重な比較が必要であることがわかります。
参考資料
- 『黄帝内経・霊枢』「経筋篇」
- 楊上善注『黄帝内経太素』巻第十三「身度・経筋」
※本文中の「結,曲也,筋行回曲之處謂之結」は、『黄帝内経太素』に伝わる楊上善の注釈によるものです。『霊枢』の原文と注釈を区別して引用しています。
