経筋学の考察#2 経筋と痛みの関係|『黄帝内経』の病証と現代医学から考える

経筋と痛みの関係――古典医学は筋の痛みをどう捉えたのか

はじめに

東洋医学の古典には、筋の痛みやこわばり、けいれん、関節の動かしにくさなど、現代の鍼灸臨床でも遭遇する症状が数多く記されています。

その代表的なものが、『黄帝内経・霊枢』の「経筋篇」です。

経筋篇では、十二経筋の走行とともに、痛み、筋のひきつり、腫れ、運動制限などの症状が説明されています。
そこでは、痛みだけを独立して扱うのではなく、筋の状態や身体の動きと関連付けて病証を捉えている点が特徴的です。

一方、現代医学では、筋肉や腱、筋膜などに生じる痛みについて、痛覚受容器、炎症反応、末梢神経や中枢神経の働きなど、さまざまな観点から研究が進められています。

では、古典に記された経筋の病証と、現代医学における筋や結合組織の痛みには、どのような共通点があるのでしょうか。

本記事では、古典の記述を出発点として、現代医学の知見と照らし合わせながら、経筋と痛みの関係を考察します。

1.『黄帝内経』の経筋篇に記された痛み

『黄帝内経・霊枢』第十三篇「経筋」では、十二経筋について、それぞれの走行、筋の緊張や痛みなどの症状、治療に関する記述が示されています。

その病証は、単に「筋肉が痛む」というものではありません。

痛む部位に加え、筋がひきつる、身体を曲げ伸ばしできない、特定の方向へ動かせないといった、運動機能に関わる症状も記されています。

例えば、古典には次のような表現があります。

  • 「項筋急」:項部の筋が緊張する、こわばる状態
  • 「肩不舉」:肩を挙げられない状態
  • 「膝不可屈伸」:膝の屈曲・伸展ができない状態
  • 「轉筋(てんきん)」:筋がつる、ひきつるような状態

これらは、経筋の病証が痛みの有無だけでなく、筋の状態や身体の動かしにくさを含めて記述されていることを示しています。

ただし、これらの語句は古典医学における症状表現です。
現代医学の診断名と一対一に対応するものではありません。

例えば、「轉筋(てんきん)」は筋がつるような状態を意味すると考えられますが、現代医学でいう筋痙攣と完全に同じ病態を指すと断定することはできません。

また、「筋急」についても、筋の過緊張、こわばり、ひきつれなど、文脈によって解釈の幅があります。

古典の記述を正確に理解するためには、現代医学の用語に置き換えるだけでなく、当時の医学体系において、どのような症状を表現していたのかを考える必要があります。

2.経筋の病証は局所の痛みだけではない

経筋篇の特徴として、痛みのある部位だけでなく、身体の動きや筋の緊張状態を含めて病証が記述されていることが挙げられます。

例えば、頸部のこわばりと頭部の動かしにくさ、肩の痛みと挙上制限、下肢の痛みと膝の屈伸制限など、痛みと運動機能に関係する症状が併せて記されています。

このような記述から、経筋篇では、筋に関係する症状を身体の動きと切り離さずに捉えていたことがうかがえます。

ここで重要なのは、痛みと運動制限が必ずしも同じ原因から生じるとは限らないという点です。

現代医学においても、痛みがあるために動作を避ける場合、筋や腱などの組織に構造的な変化がある場合、神経系の働きによって痛みに対する感受性が高まっている場合など、さまざまな状況が考えられます。

したがって、痛みと動作の制限が同時に存在するという観察は重要ですが、それだけで原因となる組織や病態を特定することはできません。

経筋篇の記述を現代の臨床に生かす際にも、痛む場所だけでなく、どの動作で痛みが生じるのか、どの方向に動かしにくいのか、筋の緊張や圧痛がどのように現れるのかを観察する視点は参考になります。

ただし、これは古典の記述から得られる臨床上の示唆であり、経筋理論による評価が現代の医学的診断に代わるという意味ではありません。

3.現代医学では筋の痛みをどのように説明するのか

現代医学では、筋の痛みは、単純に筋肉が硬くなったことだけで説明できるものではありません。

痛みの発生には、組織に存在する痛覚受容器と呼ばれる神経終末や、そこから信号を受け取る末梢神経、中枢神経の働きなどが関係しています。

3-1.筋に存在する痛覚受容器

筋肉には、機械的刺激や化学的刺激などに反応する侵害受容器が存在します。

筋が強い負荷を受けたり、組織に炎症が生じたりすると、周囲の環境が変化し、侵害受容器が刺激されることがあります。その情報は末梢神経を通じて中枢神経へ伝達され、痛みとして認識されます。

ただし、筋の痛みが生じる仕組みは一様ではありません。運動負荷、炎症、代謝環境の変化、神経系の感受性など、複数の要因が関与します。

Siegfried Menseによる2008年のレビュー「Muscle Pain: Mechanisms and Clinical Significance」では、筋痛の発生機序について、主に神経解剖学的・電気生理学的研究などをもとに整理されています。

この論文が示す重要な点は、筋の痛みを単純な筋の硬さだけで説明することは難しく、痛みを発生させる神経機構を考慮する必要があるということです。

3-2.筋の緊張と痛みは同じものではない

肩や首がこわばっているとき、本人は筋が硬くなっている部分に痛みや不快感を覚えることがあります。

しかし、筋の緊張が強いことと、痛みが生じていることは、必ずしも同じ現象ではありません。

筋の緊張状態は神経系の働きや身体活動などによって変化します。一方、痛みは侵害受容器からの信号だけでなく、末梢神経や中枢神経における情報処理、心理的・社会的な要因などの影響も受けます。

そのため、筋が硬く感じられても痛みがない場合がある一方、明らかな筋の硬さが認められなくても痛みが続く場合があります。

この点からも、筋の硬さだけを痛みの原因と決めつけることには注意が必要です。

3-3.痛みが広い範囲に感じられることがある

痛みは、刺激された組織の一点だけに感じられるとは限りません。

筋の痛みでは、関連痛と呼ばれる現象が生じることがあります。これは、原因となる刺激が存在する部位とは異なる場所に痛みが感じられる現象です。

関連痛には、末梢からの感覚情報が脊髄などで処理される仕組みが関係すると考えられています。

ただし、痛みが広がる現象には、関連痛以外にも神経の障害や感作など、さまざまな機序が関与する可能性があります。

したがって、離れた部位に痛みがあるからといって、それらが必ず一つの筋や筋膜によってつながっているとは限りません。

また、古典に記された経筋の走行と、現代医学でいう関連痛の分布が似ている場合があっても、それだけで両者が同じ仕組みであるとは証明できません。

4.筋膜や腱も痛みに関係する

経筋と現代医学を比較するうえでは、筋肉だけでなく、筋膜や腱などの結合組織についても考える必要があります。

4-1.筋膜と痛み

筋膜は、筋肉などの組織を包み、周囲の構造と連続する結合組織です。

筋膜は単なる組織の包装材ではありません。部位によっては神経線維が分布し、侵害受容に関係する可能性があります。

2021年に発表されたSinhorimらのスコーピングレビュー「Potential Nociceptive Role of the Thoracolumbar Fascia: A Scope Review Involving In Vivo and Ex Vivo Studies」では、胸腰筋膜の侵害受容に関する生体内・生体外研究が整理されています。

このレビューは、胸腰筋膜が痛みの発生に関与する可能性を検討するうえで参考になります。

ただし、対象となる研究の方法や条件は一様ではなく、筋膜が腰痛の原因となる程度や、個々の患者の痛みとの関係については、慎重な評価が必要です。

また、この研究は胸腰筋膜の痛みに関するものであり、経筋の実体を直接検証したものではありません。

4-2.腱の痛み

腱は、筋肉の力を骨へ伝える結合組織です。腱に関係する痛みは、運動時や特定の負荷をかけた際に強くなることがあります。

しかし、腱の痛みについても、組織の構造変化だけですべてを説明できるわけではありません。

Ackermannらによる腱痛のレビューでは、慢性腱痛における神経線維の変化、痛みに関係する物質、神経系と免疫系の相互作用などが論じられています。

この研究では、腱の変性などの構造的変化と慢性疼痛との関係が単純ではないことも指摘されています。

つまり、腱に構造的な変化があるから必ず痛むわけではなく、逆に、痛みの程度を画像や組織の変化だけから正確に判断できるとも限りません。

筋膜や腱を含む結合組織の痛みを理解するには、組織の構造だけでなく、神経系や炎症反応なども考慮する必要があります。

5.経筋の病証と現代医学に共通する視点

ここまでの内容を整理すると、古典と現代医学には、比較できる部分があります。

第一に、痛みを局所の症状だけで捉えないという視点です。

経筋篇では、痛みとともに筋の緊張や運動制限などが記述されています。現代医学でも、痛みを理解するためには、局所の組織だけでなく、神経系の働きや動作、負荷などを考慮する必要があります。

第二に、筋肉だけでなく、その周囲の組織や身体の機能にも目を向けるという視点です。

現代医学では、筋、腱、筋膜などの組織がそれぞれ痛みに関係する可能性が研究されています。筋の痛みと思われる症状でも、実際には腱や関節、末梢神経などが関係していることがあります。

第三に、痛みと運動機能を関連付けて観察するという視点です。

痛みがある動作、動かしにくい方向、症状の変化などを把握することは、臨床上の評価に役立ちます。

ただし、これらは古典と現代医学が同じ理論を持っていることを意味しません。

経筋篇は古代の医学体系に基づく記述であり、現代医学は解剖学、生理学、神経科学などの研究を通じて痛みの仕組みを検証しています。

両者に共通するように見える視点があっても、その背景にある理論や説明の仕組みまで同一であるとは限りません。

6.経筋と現代解剖学の対応関係は証明されているのか

経筋について考察する際には、古典の記述と現代医学の知見を結び付けすぎないことが重要です。

経筋の走行が筋肉や筋膜の連続性に似ていること、経筋の病証が筋・腱などに関係する症状と類似していることは、比較研究を進めるうえでの手掛かりになります。

しかし、類似していることと、同一であることは別の問題です。

例えば、経筋を筋膜のネットワークとして説明する仮説があります。また、筋肉、腱、筋膜、末梢神経などが複合的に関係するものとして捉える考え方もあります。

しかし、現時点では、経筋が現代解剖学上の特定の組織に完全に一致することを示す確立した証拠はありません。

また、経筋篇に記載された症状と、現代医学における特定の病態を一対一で対応させることも困難です。

古典に記された「筋急」が、現代医学でいう筋の過緊張、筋痙攣、疼痛に伴う防御反応などのうち、どの状態を指していたのかを、原文だけから特定することはできません。

このような限界を認識することは、古典を否定することではありません。むしろ、古典の記述を正確に理解し、現代医学との比較を適切に進めるために必要な姿勢です。

7.経筋篇における痛みと鍼治療

経筋篇には、経筋の病証に対する治療についても記述があります。

その一つが、次の一節です。

「治在燔鍼劫刺,以知為數,以痛為輸」

この記述は、焼いた鍼を用いる刺法や、患者の反応を目安とする治療、痛む部位を刺鍼の場所とする考え方に関係しています。ただし、語句の解釈には幅があり、現代の鍼治療とそのまま同一視することはできません。

ここで注目できるのは、経筋篇において、痛みのある場所が治療を考えるうえで重要な手掛かりとして扱われていることです。

現代の鍼灸臨床でも、患者が訴える痛みの部位、圧痛、動作による症状の変化などは、評価を行う際の情報になります。

一方で、痛む場所に鍼をすれば必ず改善するという意味ではありません。痛みの原因は多様であり、局所への施術が適切でない場合もあります。

また、古典に記された刺法をそのまま現代の臨床に適用することも適切ではありません。現在の施術では、解剖学的な知識、安全性、患者の状態、必要に応じた医療機関への紹介などを考慮する必要があります。

経筋理論は、痛みや運動機能を観察する際の伝統医学上の枠組みとして検討できますが、その有効性や適用範囲については、個別の研究によって評価される必要があります。

8.鍼灸臨床で経筋理論を考える意義

経筋理論を臨床で考える意義は、古典に記された走行を現代の筋肉や筋膜に機械的に当てはめることだけにあるのではありません。

経筋篇の記述を読み解くことで、痛みの部位だけでなく、筋の緊張状態、身体の動き、動作に伴う症状などを関連付けて観察する視点を得られます。

例えば、首や肩の痛みを訴える患者であれば、痛みの場所だけでなく、首の回旋や側屈、肩の挙上などによって症状がどう変化するかを確認することが考えられます。

下肢の症状であれば、歩行や膝の屈伸など、症状が現れる動作を把握することが参考になります。

ただし、このような評価は経筋理論だけに固有のものではありません。現代の運動器評価でも広く行われる考え方です。

また、症状の分布や動作時の痛みだけから、原因となる組織を断定することはできません。必要に応じて、関節疾患、神経障害、腱障害、その他の疾患を考慮する必要があります。

経筋理論を現代の鍼灸臨床に取り入れるのであれば、古典の記述を尊重しつつ、現代医学による評価と安全性を併せて考えることが重要です。

まとめ

『黄帝内経・霊枢』の経筋篇では、痛みだけでなく、筋のこわばり、ひきつり、腫れ、運動制限などが記されています。

このことから、経筋篇では、筋に関係する症状を身体の動きや機能と関連付けて捉えていたことがうかがえます。

現代医学でも、筋、腱、筋膜などの痛みには、組織の状態だけでなく、痛覚受容器、末梢神経、中枢神経、炎症反応などが関係することが分かっています。

両者には比較できる視点がありますが、経筋と現代解剖学上の特定の組織が同一であることや、経筋の病証が現代医学の特定の病態に対応することは、確立されていません。

古典の記述と現代医学の知見を区別し、それぞれの限界を踏まえて比較すること。それが、経筋理論を現代の鍼灸臨床において考えるための重要な出発点となります。


参考文献

  1. 『黄帝内経・霊枢』第十三篇「経筋」。
  2. Mense S. Muscle Pain: Mechanisms and Clinical Significance. Dtsch Arztebl Int. 2008;105(12):214–219. DOI: 10.3238/arztebl.2008.0214.
  3. Sinhorim L, et al. Potential Nociceptive Role of the Thoracolumbar Fascia: A Scope Review Involving In Vivo and Ex Vivo Studies. J Clin Med. 2021;10(19):4342. DOI: 10.3390/jcm10194342.
  4. Ackermann PW, Alim MA, Pejler G, Peterson M. Tendon pain—what are the mechanisms behind it? Scand J Pain.2023;23(1):14–24. DOI: 10.1515/sjpain-2022-0018.

※本記事は古典医学と現代医学の知見を比較・考察するものであり、経筋と特定の解剖学的組織との同一性や、特定の治療効果を証明するものではありません。

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