1. 小野寺臀部圧痛点とは — 発案者と内容
小野寺臀部圧痛点(おのでらでんぶあっつうてん)は、内科医・小野寺直助(1883–1968)が記載した圧痛点のことです。
臀部の一点を強く圧迫し、圧痛の有無と程度から胃・十二指腸をはじめとする上部消化管の病変を推定する、圧診法(触診による診断法)のひとつとして位置づけられています。
病変部位そのものではなく、病巣から離れた体表部に圧痛が出現する点が特徴で、百科事典の記述でも
「病変のある部位からかけ離れた臀部に圧痛点が出現する」現象
として説明されています。
小野寺自身は圧診法を体系的にまとめており、九州大学附属図書館の資料では
「臀部などにある圧痛点を指で押すことにより内臓疾患を見つける方法であり、レントゲン検査が未熟であった時代において有効な診断法であった」
と紹介されています。
発見の経緯
九州大学附属図書館の電子展示には、小野寺自身が後年語った経緯が記録されています。
「教授に就任して間もない頃、医師講習会の実施について稲田龍吉教授に相談したところ、鍼灸やマッサージなどの理学的療法を取り入れるよう助言を受けた。
小野寺は当時入手できる鍼灸の資料を集めて読み込み、九大附属病院に勤務していたマッサージ師・小島氏に手技を習った。」
これが圧診法研究の出発点であったといいます。
小野寺の講演記録を紹介した二次資料によれば、その際に小島氏から
「腹の病気がある人は腸骨稜の下3〜4cmを押すと痛がる」
と聞き、入院患者で検証したことが端緒とされ、この検証過程の詳細については一次資料での確認が望ましいでしょう。
2. 小野寺直助のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生没 | 1883年(明治16年)5月31日 – 1968年(昭和43年)11月3日、85歳没 |
| 出身 | 岩手県胆沢郡前沢町(現・奥州市) |
| 学歴 | 旧制盛岡中学校 → 第一高等学校 → 京都帝国大学福岡医科大学(九州大学医学部の前身)卒業(1908年) |
| 師 | 稲田龍吉 |
| 専門 | 内科学・消化器病学 |
主な経歴
- 1908–1912年 福岡医科大学 第一内科助手
- 1913–1916年 ドイツ・オーストリア・イギリスに留学
- 1916年(大正5年) 九州帝国大学医科大学教授に就任。内科学第三講座の初代教授(在任1916–1943年)
- 1928年(昭和3年) 附属医院長。以後、医学部長、温泉治療学研究所長などを兼任
- 1943年(昭和18年) 退官、名誉教授。その後、満州国・新京特別市立第一病院長
- 1945年(昭和20年)8月19日 新京日本人会会長に就任し、日本人避難民の救済にあたる
- 1947年(昭和22年) 別府市の国立亀川病院長
- のち久留米医科大学長(のち名誉教授)、下関厚生病院長
- 1964年(昭和39年) 飯塚病院長
受賞・栄典
- 胃運動曲線の研究により日本内科学会 恩賜記念賞
- 1958年(昭和33年) 日本学士院会員
- 1963年(昭和38年) 文化功労者
- 1964年(昭和39年) 勲二等旭日重光章
主な業績・著作
- 「胃運動曲線に関する研究」— 胃内にふくらませたバルーンを入れて胃の動きを曲線として記録する方法(小野寺曲線)。レントゲンの補助診断法として用いられた
- 「圧診法に関する研究」
- 著書『圧診法』、『小野寺教授論文集』(九州帝国大学医学部第三内科学教室編、日本医書出版、1944年)
- 温泉治療学研究所の創設、のちに台北帝国大学熱帯医学研究所に発展したマラリア治療実験所の創設にも参画
人物に関する記録
盛岡中学では金田一京助・野村湖堂と同窓であり、石川啄木とも親交があったとされる。
東京大学の内科学者・沖中重雄は回想録のなかで、小野寺について、胃潰瘍などの内臓疾患を腰部の圧診で言い当てたこと、小野寺曲線を考案したことに触れ、患者の観察・診察の大切さを説かれたと記している。
3. 小野寺臀部圧痛点の内容
位置
文献により表現に幅があるが、
- 上前腸骨棘と上後腸骨棘の中間で、腸骨稜より約3cm下方
- 腸骨稜から約3〜4cm下方。中殿筋起始部に相当
いずれも、臀部の上外側にあたる同一領域を指している。

圧迫の方法
- 患者を側臥位(横臥位)とする
- 股関節・膝関節を軽く屈曲させる
- 腸骨面に向けて垂直に、強い力で圧迫する
指頭を捻じ込むように相当強い力で押圧すること、また側臥位で診ることが、触診の専門書では要点として挙げられている。
判定
触診書に紹介されている判定区分は次の通り。
| 区分 | 所見 |
|---|---|
| 弱陽性(+) | 圧痛が局所のみにとどまる |
| 中等度陽性(++) | 顔をしかめる、または逃避する程度の痛み。あるいは痛みが膝関節まで放散する |
| 強陽性(+++) | 痛みが踵から足尖にまで及ぶ |
同書では、病変が粘膜のみにある場合は局所の痛みにとどまり、深く筋層まで侵されると放散する、という解釈が示されている。
陽性となるとされる疾患
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌、胃炎、胃下垂など。
食道・胃・十二指腸・小腸・上行結腸の粘膜および筋層の病変で陽性になるとする記載もある。
左右差
胃潰瘍では左、十二指腸潰瘍では右に生じやすいとされる。
ただし、ブリタニカ国際大百科事典は「この検査でこれらを鑑別することはできない」と明記されている。
関連する他の圧痛点
小野寺臀部圧痛点は、圧痛点の一群のなかに位置づけられる。
| 名称 | 部位 | 対象疾患 |
|---|---|---|
| マックバーニー点 | 臍と右上前腸骨棘を結ぶ線上、右上前腸骨棘より約5cm | 虫垂炎 |
| ランツ点 | 左右の上前腸骨棘を結ぶ線上、中点より右1/3 | 虫垂炎 |
| モンロー点 | 右上前腸骨棘と臍を結ぶ線の中点 | 虫垂炎 |
| ボアス点 | 第10〜12胸椎の左側約3cm | 胃潰瘍 |
| 小野寺臀部点 | 上前腸骨棘と上後腸骨棘の中間、腸骨稜より約3cm下方 | 胃潰瘍・十二指腸潰瘍 |
小野寺は臀部点のほかにも複数の圧診点を報告しており、「小野寺殿部圧診点及び妊娠月経点」という表題の文献が科学技術情報データベース(J-GLOBAL)に収載されている。
4. 現在の使用例
診断法としての位置づけ
上部消化管内視鏡、CT、超音波などの画像診断が普及した現在、消化器疾患の確定診断は画像・内視鏡検査によって行われています。
小野寺臀部圧痛点が第一選択の診断手段として用いられる場面はないと言えるでしょう。
九州大学附属図書館の解説も
「レントゲン検査が未熟であった時代において有効な診断法であった」
と、歴史的文脈のなかで評価しています。
用語としての存続
- 『医学書院 医学大辞典 第2版』(2009年)に「小野寺圧痛点/Onodera pressure point」として収載され、医学書院のオンライン辞書サービスでも参照可能
- ブリタニカ国際大百科事典、世界大百科事典など一般の百科事典にも項目がある
- 表記は「小野寺臀部圧痛点」「小野寺殿部圧診点」「小野寺臀点」「小野寺圧点」など複数が併用されている
教育・臨床での言及
圧痛点の一覧として、医療系・徒手療法系の養成課程の教材や参考書で紹介されることがある。
また、腰部・臀部の痛みを訴える患者に対して、筋骨格系以外の原因(内臓疾患)を想起するきっかけとして、臨床家のあいだで言及される例がある。
混同に注意すべき同姓の別概念
「小野寺指数」「小野寺のPNI(予後栄養指数)」は、1984年に小野寺時夫らが発表した栄養評価指標であり、小野寺直助の圧痛点とは無関係である。算出式は PNI = 10 × 血清アルブミン値 + 0.005 × 総リンパ球数。両者は別人・別概念である。
5. 鍼灸での使用例
鍼灸・マッサージが発想源であったという事実
前述の通り、小野寺が圧診法研究に着手した直接のきっかけは、稲田龍吉からの
「鍼灸やマッサージなど理学的療法を取り入れよ」
という助言であり、実際の手技は九大附属病院のマッサージ師から学んだものでした。
臀部圧痛点の着想自体が、当時のマッサージ師が経験的に知っていた所見に由来しています。
小野寺自身による鍼灸学会誌への寄稿
小野寺直助は、81歳の時点にあたる時期に、日本鍼灸治療学会(現・公益社団法人 全日本鍼灸学会)の学会誌に論文を発表しています。
小野寺直助「圧診点および2, 3の応用」『日本鍼灸治療学会誌』14巻2号、1965年3月1日、pp.1–8 DOI: 10.11525/jjsam1955.14.2_1(J-STAGEにてオープンアクセスで公開)
医学部教授として圧診法を確立した人物が、晩年に鍼灸の学術団体の場でその内容を報告しているという事実は、この圧痛点が西洋医学と鍼灸の双方の文脈をまたいで扱われてきた経緯を示していると言えます。
現在の鍼灸領域での扱われ方
- 経穴ではなく、あくまで西洋医学由来の圧痛点として扱われる。位置としては足少陽胆経の居髎、あるいは足太陽膀胱経の胞肓周辺と近接する領域にあたるが、両者は別系統の概念です。
- 押圧している筋は中殿筋(上殿神経支配)にあたるとする解剖学的検討があります。
- 臀部・腰部の痛みで来院した人に対し、筋骨格系以外の原因を鑑別するための着眼点として言及されることがあります。
なお、鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師は診断を行う資格を持たない。圧痛所見はあくまで医療機関受診の必要性を検討する材料であり、疾患を判定するものではありません。
6. 想定される機序と、未解明の論点
内臓体性反射としての説明
一般的には、内臓の病変が求心性神経を介して脊髄に入り、同じ脊髄分節に関係する体性組織(皮膚・筋)に痛覚過敏を生じさせる「内臓体性反射」として説明されます。
世界大百科事典も、障害部位から離れた場所に圧痛点が現れる現象の一例として小野寺圧痛点を挙げています。
解剖学的整合性への疑義
一方で、次のような指摘がある。
- 小野寺臀点で押圧される中殿筋は上殿神経の支配であり、上殿神経は仙骨神経叢由来である
- 同部位の皮膚知覚を担う上殿皮神経はL1〜L3の後枝である
- 胃・十二指腸の求心路は上位胸髄レベルであり、上記いずれとも脊髄分節が一致しない
- なぜ上部消化管の病変が上殿神経や腰神経叢の興奮という形をとるのか、機序は説明されていない
小野寺の文献では、圧痛の出現位置の違い(前部・中部・後部)と罹患臓器(食道・噴門/胃全体/幽門部・十二指腸)を対応させる図が示されているが、その配列はデルマトームとも上殿皮神経の走行とも一致しないとされる。
7. 限界と留意点
- 圧痛の有無は主観的所見であり、圧迫の強さも術者に依存する。定量性・再現性に構造的な限界がある
- 胃潰瘍と十二指腸潰瘍の鑑別はできない(ブリタニカ国際大百科事典)
- 感度・特異度を現代的な研究デザインで検証した報告は乏しい
- 陽性であっても消化器疾患があるとは限らず、陰性であっても否定はできない
- 既往として胃・十二指腸潰瘍を経験した人に圧痛が残存する例が報告されている
- 臀部・腰部の圧痛には筋・筋膜由来のものが多く、この圧痛点の解剖学的位置は中殿筋の圧痛好発部位とも重なるため、所見の解釈には注意を要する
8. まとめ(事実の要約)
- 小野寺臀部圧痛点は、内科医・小野寺直助が記載した、上部消化管疾患を推定するための圧痛点である
- 位置は腸骨稜より約3〜4cm下方、中殿筋起始部にあたり、側臥位で腸骨面に垂直に強く圧迫して評価する
- 発案の直接の契機は、九大附属病院のマッサージ師から得た経験的知見であった
- 小野寺は1965年、日本鍼灸治療学会誌に圧診点に関する論文を発表している
- 画像・内視鏡診断が普及した現在、診断法としては第一線を退いているが、医学辞典に用語として収載され、圧痛点の一つとして教育・臨床で言及される
- 機序は内臓体性反射として説明されるが、脊髄分節上の整合性には未解決の論点が残る
参考文献・出典
- 九州大学附属図書館 電子展示「内科学第三講座」
- 小野寺直助「圧診点および2, 3の応用」『日本鍼灸治療学会誌』14(2), 1-8, 1965https://doi.org/10.11525/jjsam1955.14.2_1
- 九州帝国大学医学部第三内科学教室編『小野寺教授論文集』日本医書出版、1944
- 『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』「小野寺圧点」(コトバンク)
- 『改訂新版 世界大百科事典』「小野寺圧痛点」(コトバンク、横田敏勝)
- 『医学書院 医学大辞典 第2版』「小野寺圧痛点」(医学書院UNITAS)
- 沖中重雄「私の履歴書」(冲中記念成人病研究所)
- J-GLOBAL「圧診点の研究 小野寺殿部圧診点及び妊娠月経点」
- 中川嘉志馬『触診と圧診』金原出版(絶版)— 判定基準・押圧方法の記載について、二次資料経由で参照
- 小野寺時夫ほか「Stage 4・5(5は大腸癌)消化器癌の非治癒切除・姑息手術に対するTPNの適応と限界」日本外科学会雑誌 85: 1001-1005, 1984(同姓の別概念・PNIの初出)
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